1−5.ドラマキャンプと遊び
 
 ドラマキャンプには遊びがあふれています。子どもにとって『遊び』はなくてはならないものであり、生活や学習の基盤となるものです。
 子どもは遊びを通して、バランスのとれた身体的発達をします。自然の中で遊び、自然にふれあうことで自然を大切にする心を育みます。遊びによる直接体験や心の動きが感性を育てます。楽しい遊びを工夫することが創造力を培います。遊びの中でルールを守ることを学びます。遊びの集団は、友達を作り人間関係の在り方を教えてくれます。遊びをやり抜くことで実践力や自信をつけます。未知の遊びや場所に出かけることによりチャレンジ精神、探求心を身につけます。そして、遊びの楽しさは、生きる力や心の成長を促します。
 
遊びとは
 
【ロジェ・カイヨウの遊びの定義】
・他から強制されない自由な活動である。
・定められた時間、空間に限定された分離した活動である。
・あらかじめ結果が分からない不確定な活動である。
・物質的には何も生み出さない非生産的な活動である。
・日常とは違うそれだけのルールに従う活動である。
・現実生活とは対立するあるいは全く非現実という意識を伴う虚構的な活動である。
 
遊び、生活、祭り
 
 祭りは、神聖で形の決まった儀礼の聖なる世界と全く自由で発散させる無礼講(遊び)の世界を持っています。安永寿延氏は、「まつりは時間の停止であり、聖と俗の境界の撤廃である……これは日常的な自己からの脱出であり、存在の多元的可能性を生きることである」と述べています。人間は、日常(ケ)の状態が長く続くと疲れてマンネリ化を起こしてきます。そこで、刺激を与えて活性化を図るのが日常から離れた体験(ハレ)です。カイヨウによれば、マンネリ化した日常世界の秩序をいったんカオスに戻し、その中から新しい秩序を再創造していくのが祭りです。祭りの世界で取り戻した活力を持って、再び日常の生活へ戻って行きます。
 祭りにおける儀礼(聖)も遊びも日常生活(俗)から離脱し、それと対立する点では共通しています。「聖」の領域は、拘束の強い厳粛さにおいて「俗」を超え、「遊び」は、自由に楽しみを追求することによって「俗」から離れます。
 ドラマキャンプにとって祭りは、プログラム進行上の「けじめ」であり楽しい「遊び」です。 祭り=生活=遊び この三者は同価値であり、生活を成立させるためには祭りと遊びという要素が重要です。
 
 カルチャーとしての遊び
 
 遊びは、子ども達にとって不可欠な時間であり、人間としてのあり方や生活の基本的思考、技術を育てる大切なものです。しかし、現代の社会においては遊びと勉強の分断にとどまらず、生活と勉強の分断が生じています。
 
遊びのもつ意義
 
@ 遊ぶことを通して集団が作られます。
A 子ども達だけの力で遊びの世界が成立します。
B 楽しく遊ぶために創造性の発達させます。
 
遊びの必要性
 
@ 遊びの中から人間生活のマナーや技術、方法を習得します。
A 遊びを作ることで創造性、感性を育ちます。
B 自然の中での遊びは、生物社会における一員としての動物性を回復します。
 
遊びのとらえ方
 
@ 遊びの中に学習があります。(遊びを原理とする勉強)
A 遊び心が大切にされます。
B 遊びは作るものです。
 
遊びの支援
 
@ 遊びは管理するものではなく、自由でなければなりません。
A 現代の状況の中では遊びの方法の支援は必要です。
B 遊び道具は遊ぶ当人が作るように援助します。
 



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